第29章 マフィアからの特使
「一生、太宰の人形でいるってのか?」
「人形でもいい。中也が何を言ったって、あたしがあの日出会って、あたしを拾ったのは太宰さんなの。もしも、なんて何度言ったってその事実は変わらない」
そして、この感情が恋でなくても、あたしがずっと太宰さんの傍にいる事実も変わらない。
きっと、これから何度だって、思い悩むんだと思う。
あたしが強さを求める限り。
そして、あたしが太宰さんの『好き』を理解できない限り。
それでも、あたしは太宰さんがいればそれでいいんだって、その答えに辿り着くんだ。
あたしを見る中也の瞳を、あたしは真っ直ぐ見据えた。
沈黙が続く。
それはとても長く、同時にとても短く感じた。
やがて。
『――応えよ、ポートマフィアの特使』
タイミングを見計らったように、社長の声が沈黙を裂く。
中也はカメラへ視線を動かすことでそれに応えた。
『貴兄(きけい)らの提案は理解した。確かに探偵社が組合の精鋭を挫けば、貴兄らは労せずして敵の力を削げる』
三社鼎立の現状であれば、あわよくば探偵社と組合の共倒れを狙う策も筋が通ると、社長は続けた。
コツコツと靴を鳴らして中也はカメラへ向き直り、あたしとの会話から社長との会話に戻る。
「だが、お宅にも損はない、だろ?」
『この話が、本当にそれだけならばな』
ニッコリと笑顔を浮かべた中也に、社長の声が低くなった。
『探偵社が目先の獲物に喜んで噛みつく野良犬だとでも思うのか? 敵の情報を与えて操るのは高等戦術だ』
こんな雑な策で探偵社を操れると考えるのなら、マフィアなど戦争する価値もない。
社長からの挑発を受けても、中也はそれを平然と受け止めた。
ポートマフィア五大幹部の肩書は伊達じゃない。
『何を隠している?』
「何も」
社長の問いに中也は短く答える。
『この件の裏で、マフィアはどう動く?』
「動くまでもねぇよ」
ニヤリと口角を上げる中也に、あたしは話について行けなくなっていた。
ポートマフィアがわざわざ組合を罠にかけ、その情報を探偵社に流す理由。
明らかなマフィアのこの罠に、探偵社や組合が乗るわけがない。
それは、この作戦の立案者である首領も分かっていたはずだ。