第29章 マフィアからの特使
『――やぁ、素敵帽子君』
カメラのスピーカーから聞こえたのは、社長ではなく乱歩さんの声だった。
『組合のご機嫌2人組に情報を渡したのは君かい?』
「あ? ……そうだが」
素敵帽子というあだ名に戸惑う中也。
中也はファッションの、特に帽子にはこだわっているみたいだし、少なからず嬉しかったのだろうか。
そんなことを考えているあたしを他所に、乱歩さんの話は続く。
『組合は僕たちと同じように罠を疑ったはずだ。しかし、彼らは食らいついた。あまりに『餌』が魅力的だったからだ』
何で組合を釣った?
その質問に、中也は不気味な笑みを深くした。
「お宅らの事務員だよ」
「そんな……っ」
『事務員を「餌」にしただと⁉』
ナオちゃん……ッ。
あたしはすぐに、彼女を思い浮かべた。
また、奪われる。
作之助みたいに、今度はナオちゃんが……。
太宰さんから命令があれば、いくらでも切り捨てることができるはずなのに。
この世で1番大切なのは太宰さんで、それ以外にはいくらでも冷徹になれるはずなのに。
あたしの心は、中也がもたらした回答に、今すぐ殺してやりたいほどの怒りを覚えた。
「すぐ避難すりゃ間に合う。その上、組合はお宅らが動くことを知らねぇ。楽勝だ」
カメラの向こうで、あたしと同じ様に、怒りに震える社長が見えた気がした。
中也の言葉に嘘はない。
太宰さんが言っていた。
時には真実が、1番効果を発揮する。
こういう場面では特に。
「つまり、マフィアは事務員の居場所を探り出して組合に密告して、さらにそれを探偵社に密告した。そうしてマフィアは最低限の労力で、探偵社と組合を同時に穴に落とそうって……そういうこと?」
「穴だと分かっていても、探偵社は落ちずにはいられねぇ。首領の言葉だ」
震える声で中也の話を纏めると、彼は口角を上げて可笑しそうに笑った。