第29章 マフィアからの特使
「テメェ、自分が何で『人形姫』なんて呼ばれてたと思ってんだ。太宰は人心戦術の天才だ。テメェの思考1つ操るなんざワケねぇ」
それはつまり、あたしが自分で考えたと思ってるだけで、本当は太宰さんに誘導されていたってこと?
そんなことない、と言い切ることはできなかった。
腹が立つとか、そういうことじゃなくて。
ただ、そうだったんだ、と妙に納得している自分がいた。
「詞織。テメェが太宰に依存しているのは、相手が太宰だからじゃねぇ。たまたま、テメェを拾ったのが太宰だったってだけだ。拾ったのが違ってれば、テメェが依存していた相手だって違ってた」
分かるか?
そう、中也はあたしに聞いた。
分かる、と答えたくなくて、あたしは俯く。
たまたま太宰さんだっただけ。
じゃあ、あたしは誰でも良かったの?
太宰さんが好きなわけじゃなかったの?
「あ、あたし……」
自分でも何を言おうとしているのか分からず、それでもあたしは何かを言わずにはいられなかった。
瞬間、脳裏に太宰さんが過った。
ふわり、と太宰さんの香りがあたしの鼻腔をくすぐり、彼の気配を伝えてくれる。
――私は、君が考えるより楽しみにしているのだよ。君が私を殺してくれるのを。
――君が私に向ける好きと、私が君に向ける好きが、違ってしまったんだ。
――私と詞織は、今日から……『恋人』だ。
引き留めたのは、太宰さんの存在だった。
ギリギリの一線を越えそうになったあたしの腕を、太宰さんが強く掴んでくれたような、そんな錯覚。
あぁ、そうだ。
たとえどんなことがあっても、あたしが太宰さんの傍を離れるわけがない。
「戻らない」
「アァ?」
低い声で凄む中也に、あたしの心は少しも怯まなかった。
太宰さんの存在が、あたしをいくらだって強くしてくれる。
「あたしが戦いを求めてる。それは認める。弱くなったって言われて、すごく悔しかった。それも認める。だって、ずっとそういう世界にいたんだもの。強さが要求される、血みどろの世界にいたんだもの。全然おかしなことじゃない。そして、あたしが弱くなったのは、こちら側に来たのが原因。それも、理解した」
それでも。
「それでも、あたしはこちら側にいる。太宰さんがこちら側にいる限り。太宰さんがそっち側に戻らない限り」