第29章 マフィアからの特使
「――悔しいか?」
ハッとあたしは息を詰める。
いつの間にか俯いていた顔を上げると、中也の真剣な瞳とぶつかった。
そこには、揶揄するような色は一切ない。
悔しいか?
そんなの――……。
「悔しいに、決まってる……っ!」
聞くまでもないはずだ。
強くないと、意味がない。
強くないと、強くないと、強くないと――……。
誰にも負けない強さが、欲しい。
握りしめた拳を震わせてそう言うと、中也は低い声で「だったら」と言った。
「だったら、コッチに戻って来い」
「……え……?」
一瞬、何を言われたのか分からなかった。
聞き返したあたしに、彼はもう一度繰り返した。
「戻って来い。テメェが『弱くなった』って言われて悔しいのは、戦いを求めているからだ」
中也の指摘に、あたしは動揺する。
戦いを求めている。
それは、少なからず当たっていた。
戦いを求める心なんて、今のあたしには必要ないものなのに――。
『良い人間』は、戦いなんて求めないから。
「テメェのことは、これでも結構買ってたんだ。口は生意気だが、戦いのセンスもあるし、異能の残虐性は芥川に引けを取らねェ。マフィアに戻って、今度は俺の下で働け。勘なんて3日もありゃ戻ンだろ」
中也の言葉に、あたしの心は揺らいだ。
強い頃のあたしに、戻れる……?
それはあたしにとって、とても魅力的だった。
「で、でも……あたしは一度組織を抜けて――」
「助命嘆願なら俺がしてやる。まぁ、首領もエリス嬢もテメェを気に入ってたし、処刑することはしねェと思うが」
「…………っ」
あたしは、必死で意味のない言い訳を探した。
どうしてそんなものを探しているのか、自分でもよく分からなかった。
ただ、『戻れない理由』があたしには必要だった。
戻れないのだから仕方がない、と自分を納得させる言い訳が。
『良い人間になれ』と、作之助は言った。
『判った』と、太宰さんは答えた。
あたしは、『良い人間』になる太宰さんについて行くことを決めて……だから、あたしは『良い人間』になろうとした。