第29章 マフィアからの特使
「いっけぇ――ッ!」
――ゴッ……パラパラ……
岩の壁を砕いた――けど、手応えはない。
見上げれば、壁にめり込んだ紅いハンマーの先端に中也が乗っている。
しかも、重さをまるで感じない。
「くっ……」
あたしは悔しさを噛みしめながら、ハンマーを引き抜こうとする。
それに合わせて彼を振り落とそうとすれば、ニヤリと笑った中也がそれより早く駆け出した。
そして、その動きについていけず、対処の遅れたあたしに強い蹴りを放つ。
とっさにハンマーを手放し、腕で防御したものの、あたしはその衝撃で吹っ飛ばされた。
まるでボールのように蹴り飛ばされたあたしは、轟音を立てながら岩壁に大きな亀裂を作った。
「テメェ、弱くなったんじゃねェか? 攻撃が全ッ然なってねェ」
「舐めないで!」
あたしは異能が解除され、ただの血だまりになった血液を操る。
異能力――『血染櫻・櫻籠(はなかご)』
あたしの意思に応じて、中也を包み込むように、彼の足元にあった血液が伸びる。
けれど、中也は地面を蹴って真上へ逃れた。
ピタリ、と天井に足をつけ、彼は逆さまに立った。
「やっぱ、テメェは弱くなってる。殺気まで半端になりやがッて」
グッとあたしは唇を噛み締める。
思い出していた。
龍くんと再会したときのことを。
――あの頃の僕(やつがれ)と今の僕は違う。それに、あの頃の貴様と、ずっとぬるま湯に浸かっていただけの貴様もな。
そんなはずはないって、思ってた。
でも、あたしの昔を知り、現在を知った中也の言葉に、間違いがあるとは思えない。
悔しくて、情けなくて、手が震える。
言葉を紡ぐことすらできないでいると、帽子が落ちないように手で押さえながら、中也はふわりと天井から降りる。
「詞織」
呼ばれて、あたしはビクリと肩を震わせた。
もう、あたしを見ないでほしい。
こんな、情けなくて弱いあたしを、これ以上見ないで。
役に立たないあたしなんて、存在価値の欠片もない。
そんなあたしの内心も知らず、中也は続けた。