第29章 マフィアからの特使
「お前も私と同意見か」
その言葉に乱歩さんは何も言わずに頷く。
社長は黙って目を伏せた。
「詞織」
名前を呼ばれて、あたしは監視映像の画面から乱歩さんへ視線を移す。
「君はこの男に勝てるかい?」
「たぶん、足止めもできないと思う」
思う、というより、できない、と言った方が正しい。
実際、マフィアの本拠地で戦ったけど、手も足も出なかった。
「それでも、知り合いなんだよね?」
「それはそうだけど……」
よく知っているという点では、確かに知り合いだ。
肯定すると、乱歩さんは数秒考えて、すぐに決断を下す。
「詞織、彼の相手をしてきてくれ」
「あたしが中也の……?」
意外、というほどの提案でもなかった。
むしろ、指名されなければ自分から行っていたところである。
「乱歩さん、大丈夫かい? 詞織は、足止めもできないッて言ったんだよ?」
「確かにそうだけど、詞織は僕たちの中で、1番彼を知っている。異能や攻撃スタイル、癖なんかもね」
それに、と乱歩さんは続けた。
その言葉に、あたしは自分の役目を理解し、中也のところへと向かったのだった。
* * *
そこへ近づくにつれて、中也の鼻歌が聞こえてきた。
あたしに気づいて足を止めた中也は、あからさまにため息を吐く。
「テメェ、1人か。見くびられた話だぜ。つーか、詞織。テメェ、太宰と行ったんじゃねェのかよ」
「太宰さんの命令だから残った」
あたしの答えに、中也は鼻で笑う。
「相変わらず太宰の人形やってんのか。なァ? 『血染めの人形姫』さんよォ」
血染めの人形姫。
自ら考えることをせず、人の――もっぱら太宰さんだけど――命令でしか動かなかったことからついた、闇社会でのあたしの二つ名。
「あたしだって、やられっぱなしじゃない」
「へぇ……この間の続きをしようってのか?」
「そうしたいのは山々だけど。でも、中也は戦いに来たわけでも、ココを潰しに来たわけでもないんでしょ?」
「なぜそう思う?」
感心したように目を丸くする中也に、あたしは確信した。
「あたしが探偵だから」
シン…と一瞬の沈黙を中也が破る。