第29章 マフィアからの特使
表情が固まり、その異変に気づいた与謝野先生も眉根を寄せる。
けれど、やはりそれにも答えることなく、彼は社長を呼んだ。
「社長、攻勢を呼び戻した方がいいよ」
帽子を被り直しながら言うと、社長も教本を閉じて「敵か?」と問うた。
「襲撃規模は何人だ?」
立ち上がって監視映像を確認しようとする社長に、乱歩さんがその画面を見せる。
その映像に、社長は軽く目を瞠った。
「1人だ」
画面の向こう側にいたのは、1人の青年。
帽子に質のいい黒いコートを翻す、明るい髪色の小柄な男。
中原 中也が、監視カメラに向けて笑みを浮かべた。
「詞織、この男を知っているか?」
社長の問いに、あたしは頷く。
「中原 中也。太宰さんの元相棒で、今では五大幹部の1人。中也の異能力『汚れちまつた悲しみに』は、触れたものの重力の強さやベクトルを操ることができる」
「重力使いか。厄介だねェ」
与謝野先生の言葉に、あたしは頷く。
その上、中也はマフィアきっての体術使いでもある。
ここにいる5人が一斉に襲撃しても、勝てるかどうかは怪しい。
……まさか、このタイミングで中也が出てくるなんて……。
画面の向こうでは、軽い足取りで中也は進撃している。
その中で、監視カメラの映像が途絶えた。
「監視映像、2番と5番が停止!」
「自動迎撃銃座を起動せよ!」
社長の命令で、自動迎撃銃座が3機起動する。
監視カメラの向こうで、3つの銃口が中也に向けられ、それに合わせて赤いレーザーポイントが彼の胸に現れる。
ニヤリと中也が口角を上げるのと同時に、けたたましい音を立てて銃弾が発射された。
しかし、その銃声をかき消すように、一際大きな爆発が起こる。
その光景に、社長たちは驚愕したけれど、中也の実力を知っているあたしは驚かない。
こんなもの、中也にとっては玩具も同然だ。
『接待役がこんな木偶(デク)とは、泣かせる人手不足じゃねぇか、探偵社』
そして、中也はカメラに向かって挑発するように指を動かす。
『生きてる奴が出て来いよ』
そんな彼の様子を見た乱歩さんが社長を呼んだ。