第29章 マフィアからの特使
恋愛――好き――愛。
そもそも、愛というものを、あたしはよく理解できていなかった。
親に愛されていなかったから。
あたしは愛を知らずに育った。
だから、『太宰さんがあたしに向ける好き』と、『あたしが太宰さんに向ける好き』の違いがよく分からない。
愛するという意味も、愛されるという意味も。
――私が君に抱く『好き』は、君の身体に触れて、身も心も自分のものにしたい、と思うことだ。
太宰さんが前に教えてくれた、『太宰さんがあたしに向ける好き』。
でも、あたしは太宰さんの身体に触れたいとか、身も心も自分のものにしたいとか思わない。
太宰さんがあたし以外の女の人と一緒にいるのはイヤだけど。
ただ、あたしの傍にいてくれて、あたしを1番に思ってくれていたら、それでいい。
それは乱歩さんの言う、『恋愛的な意味』とは違うのだろうか。
そこまで思い至ったとき。
「むあぁ~、暇だ~、外に出たいぃ~」
気の抜けた乱歩さんの声が、あたしの思考を中断させた。
「今出たら、マフィアか組合に首を取られちまうよ」
与謝野先生が新聞から顔を上げずに言う。
「監視映像に異常はないか?」
社長も教本を読みつつ質問を投げた。
言われてノートパソコンに映し出された監視映像を確認したけれど、特に変わった様子もなく、ただ廃線路の映像が流れているだけだ。
旧晩香堂には通常の入口がなく、侵入には地下の廃線路を通るしかない。
仮に敵が侵入したとしても、路線内に仕掛けてある監視映像によってそれがバレるようになっていた。
さらに、その道中には様々な罠が仕掛けてあり、大軍隊を組んだとしても、その攻略は容易ではない。
「戦争なんて退屈だよ! 駄菓子の備蓄は半日で尽きたし……詞織、チョコ頂戴!」
「さっき乱歩さんにあげたのが最後」
ぶーぶー言っていた彼は、さらに頬を膨らませた。
そこで不意に、乱歩さんが顔を上げる。
「与謝野さん、これで花札をやろう」
監視映像を映しているノートパソコンを乱歩さんが引き寄せて与謝野先生に提案すると、「何を賭ける?」と彼女は黒い笑みを浮かべた。
しかし、乱歩さんがそれに答えることなかった。