第28章 少女の心が震える理由
「で、でも……それでも、あたし……っ!」
「詞織、命令だ」
瞬間――太宰さんのその短い一言で、詞織さんはピタリと言葉を止める。
紅い瞳にはどこか陰が差し、暗く濁った気がした。
「君は守勢に加わり、この拠点を死守すること」
「――はい、太宰さん」
虚ろな紅い瞳は何を映しているのかも分からず、感情の篭らない声音が首肯する。
「それから、私が不在の間は社長や乱歩さんの命令を聞くんだ。いいね?」
「はい、太宰さん」
何かに操られているような様子に、僕は一切口を挟むことができなかった。
「復唱。詞織、君の任務は?」
その問いかけに、彼女は小さく首を動かして、太宰さんを見上げた。
「マフィアや組合から拠点を守り、太宰さん不在時は社長と乱歩さんの命令に従います」
たった今さっきまで「納得できない」とごねていたのが嘘のように、詞織さんはスラスラと答える。
一体、どうしてしまったのだろう。
国木田さんたちも、彼女の様子の変化に戸惑っていた。
太宰さんだけが、少しだけ肩をすくめて苦笑している。
「詞織、上を向いて」
「はい、太宰さん」
「目を閉じて」
「はい、太宰さん」
「そのまま、動いてはダメだよ?」
「はい、太宰さ――んっ!?」
詞織さんの返事が終わるより早く、太宰さんは彼女の小さな唇に口づけた。
触れるだけの軽いものではあるが、僕はその光景に赤面してしまう。
谷崎さんも僕と同じように顔を赤くし、国木田さんの眼鏡が持ち主の受けた衝撃に合わせてパリンッと割れた。
乱歩さんたちは「おー」と感心しているのか他人事だ。