第27章 青年の独占欲
私が詞織を好きだと気づいたのはいつだっただろうか。
確か、そうだ。
織田作と知り合って間もなくの頃だったように思う。
詞織は私のことを「太宰さん」と呼ぶ。
けれど、中也のことは「中也」、姐さんのことは「紅葉姐さま」、織田作のことは「作之助」。
やはり、気になるではないか。
上の名前で呼ばない人間がいないわけではない。
今でも、国木田君のことは「国木田」、谷崎君のことは「谷崎」だし。
でも、私のことは名前では呼ばない。
初めて身体を重ねたときに、ようやく呼んでくれたくらいだ。
名前を呼んでくれないことが無性に気になって、気に入らなくて。
どうして、私だけ呼んでくれないのかと。
そう考えて、私は自分の気持ちに気づいた。
私のために健気に働く彼女が、私のために傷つく彼女が。
私の行動一つで、対応一つで変わっていく彼女が。
私の中で日々大きくなっていることに。
――どれだけ醜い世界でも、一欠片の美しさくらいはあるはず。
――たとえそれがなかったとしても、それを確かめないで決めつけるのは違うと思うから。
初めて詞織に会ったとき。
彼女が口にした言葉を、今でもよく覚えている。
詞織に興味を持った理由でもあった。
面白い考え方をする、と。
死にたがりの私とは真逆だ。
そういえば昔、織田作を名前で呼ぶ彼女に、頼んでみたことがあった。
――私のことも、名前で呼んではくれないかい?
すると、詞織は答えた。
――……太宰さんを名前で呼ぶのは、違う気がする。
* * *
「……崇拝、か……」
分かってはいても、辛いものだ。
でも、別にいいさ。
ただ、傍にいてさえくれれば。
私を見ていてくれれば。
詞織は愛された記憶がない。
だから、『好き』という感情の種類も知らない。
織田作への感情は『憧れ』。
姐さん、中也……国木田君たち探偵社の人間への感情は『親しみ』。
敦君や芥川君への感情は『好敵手』。
安吾への感情も『親しみ』ではあったけど、今は違うだろう。
そして、姐さんの言う通り、詞織の私への感情は『崇拝』だ。