第27章 青年の独占欲
大きくため息を吐きながら歩いていると、廊下の角から小さく覗く影があった。
「詞織かい?」
「ん、太宰さん」
私が呼ぶと、詞織はパタパタと駆け寄ってくる。
ギュッと腰に巻きついてきた彼女を、私は喜んで抱きしめた。
ふわりと鼻腔をくすぐる香りは、私があげた香水とは違う。
『私』の匂いじゃない。
それがたまらなく不愉快で、私は詞織を解放する。
きっと、姐さんは分かってて詞織を抱きしめたのだろう。
違う匂いをつけるために。
嫌がらせのつもりだろうか。
「いつもしている香水は持っているかい?」
「もちろん、持ってる」
詞織は、小さな手のひらほどの香水瓶を見せる。
私はそれを受け取って、彼女の首の後ろへ吹き掛けた。
「ひゃぁ……っ!?」
突然の冷たさに身を震わせた詞織が可愛くて、私は思わず笑ってしまった。
「ごめんごめん。びっくりした?」
「……びっくりした」
唇を尖らせる彼女がまた可愛い。
私は再び彼女を腕に収める。
「詞織、私の名前を呼んでくれるかい?」
「ん。太宰さん」
「そっちじゃなくて、下の名前」
そう訂正すると、詞織は「う~ん」と一頻(しき)り唸ると、やがて口を開いた。
「……太宰さんを名前で呼ぶのは、違う気がする」
それこそが、彼女が私に向ける感情の、明確な答えだった。