第19章 少女の「好き」と彼の「好き」
一生懸命、あたしの知っている言葉の限りを尽くして。
すると、太宰さんはあたしの頬に触れる。
冷たい指に、あたしの身体はビクリと震えた。
「だったら、君が私の相手をしてくれるかい?」
「あ、相手? 稽古? 訓練するの?」
そう問うと、彼は「違うよ」と妖しく笑む。
そして、あたしの首筋に顔を寄せ、そこに息を吹きかけた。
「ひゃぁ……っ」
くすぐったくて身を捩ると、太宰さんは可笑しそうに笑う。
「こういうこと。私が君に抱く『好き』は、君の身体に触れて、身も心も自分のものにしたい、と思うことだ」
君が私に抱いている『好き』とは違うだろう?
それを最後に、太宰さんはあたしの手を振りほどく。
ドアの鍵を開け、今度こそ彼は出て行こうとした。
身も心も自分のものにしたい。
そんなの、どちらもとっくに太宰さんのものなのに。
あたしの身体だって、心だって、太宰さんの自由なのに。
それに。
あたしだって、太宰さんの1番でいたいと思ってる。
それは、太宰さんの言う『好き』とは違うのだろうか。
――それでも。
ドアが開かれ、夜風が部屋に侵入する。
外へ踏み出そうとする太宰さんに、あたしは後ろから抱きついた。
ギュゥッとしがみつき、部屋へ引き戻す。
「詞織?」
驚く太宰さんのコートに、あたしは自分の顔を埋めた。
「…………いいよ」
それでも、太宰さんがどこにも行かないでいてくれるなら。
「太宰さんの好きにしていい。だから……行かないで」
そう言ったあたしに、太宰さんがニヤリと笑ったことには気づけなかった。
「その言葉の意味は、ちゃんと分かっているのかい?」
「……わ、分かってるよ」
正直、全く分かっていない。
けれど、太宰さんが行かないでいてくれるなら、もう何でもいい。
たぶん、太宰さんもそのことは分かっていると思う。
だって、あたしの腕に触れて振り返る彼の顔。
その表情は、悪戯っ子の笑みと同じだったから。
太宰さんは「そうかい」と楽しそうに微笑む。
再び口づけられ、あたしは太宰さんの袖を強く掴んだ。
瞬間――太宰さんの舌が歯列を割り、あたしの舌を捕らえる。