第18章 青年の本音と口づけ
「一つだけ断言しよう。私が君を捨てることはありえない」
「……どう、して……?」
そんなの分からないじゃない。
頭の良い太宰さんが、馬鹿なあたしにうんざりして、嫌になっちゃうかもしれないじゃない。
そう言うと、太宰さんは小さく笑って、「そんなことはないよ」と言った。
「君は知らないのだろうね。同じ部屋で生活をしていた私が、君に対してどれだけの欲望を抑えていたか」
探偵社に来てから、あたしと太宰さんの部屋は別々になった。
だから、同じ部屋で生活していたというのは、マフィアにいた頃だ。
「なぜ、一緒に風呂に入らなくなったのか。同じベッドで寝ていた君に、どれほどの劣情を抱いていたのか」
「そんなに前から、あたしが嫌いだったの?」
レツジョーが何を意味するのか分からないけど、一緒にお風呂に入らなくなったのは、きっとあたしのことが嫌いになったからだ。
しかし、太宰さんは幼い子どもに言い聞かせるように「違うよ」と優しく言って、首を横に振った。
「ただ、君が私に向ける好きと、私が君に向ける好きが、違ってしまったんだ」
「どういう意……」
意味が分からないと言おうとしたあたしを待たず、太宰さんはあたしの後頭部を支え、自分の方へ引き寄せる。
太宰さんの唇があたしの唇に触れた――と思ったときには、もう離れていた。
「詞織、良いことを教えてあげよう。私はね、今でも、女性に夜の相手をしてもらうことがある」
けれど、と太宰さんは続ける。
「君への想いを自覚してから、口づけだけは誰とも交わしていないのだよ」
混乱するあたしに太宰さんは、胸がキュゥッとするような甘い笑みを浮かべた。
「これがどういう意味か、よく考えてみるといい」
何も言えずにいるあたしを優しく押し返しながら、太宰さんは起き上がる。
「さぁ、帰ろうか」
今までの遣り取りが嘘のように、彼は普通にあたしに話しかけた。
自分の上からあたしを降ろした太宰さんは、立ち上がってあたしに手を差し出す。
あたしは未だ混乱したままの頭で、彼の手を取った。
* * *
あたしは太宰さんが貸してくれたサングラスをしている。
太宰さんは茶色、あたしは赤の色が使われていた。
あたしのサングラスまで用意していたということは、本当にあたしが来ることを予見していたのだろう。