第17章 紅の櫻守
「ってことで、やりたきゃどうぞ」
中也が奥歯を噛みしめる。
「ほら、早く」
急かす太宰さんに、中也の拳が震えた。
「まーだーかーなー?」
太宰さんは楽しそうに中也に呼びかける。
やがて。
――カラン
中也はナイフを手放した。
「何だ、やめるの? 『私のせいで組織を追われる中也』ってのも素敵だったのに」
「クソ……まさか……」
そのとき、あたしも同時に思い出していた。
――「一番は、敦君についてだ」
「……ってことは、二番目の目的は、俺に今の最悪な選択をさせること?」
「そ」
太宰さんが頷く。
それはつまり……。
中也はここへ嫌がらせをしに来た。
けれど、実際はそうではなくて。
「俺が嫌がらせをしに来たんじゃなく……実はテメェこそが嫌がらせをするためにオレを待ってたってことか?」
「久しぶりの再会なんだ。このくらいのサプライズは当然だよ」
太宰さんの爽やかな笑顔に、中也はガックリと肩を落とした。
嫌がらせをしに来たつもりが、逆に嫌がらせを返されたのだ。
そうなるのも無理はない。
でも、自分を殺させず、中也に嫌がらせをし、さらに自分の欲しい情報を提供させる。
やりたい放題といえば簡単だ。
でも、自分の描いた筋書き通りに相手を動かすことが、果たして本当に簡単だろうか。
太宰さんのその頭脳に、あたしはどこか寂しさを感じた。
逆立ちしたって、あたしは太宰さんと同じ世界を見ることはできない。
ようやく少し回復してきた身体を引きずって、あたしはどうにか身体を起こした。
「おっと、倒れる前にもう一仕事だ」
項垂れる中也に太宰さんが声をかけ、壊れた鎖を示す。
「鎖を壊したのは君だ。私がこのまま逃げたら、君が逃亡幇助の疑いをかけられるよ? 君が言うことを聞くなら、詞織が助けた風に偽装してもいい」
「……それを信じろってのか」
「私はこういう取引では嘘を吐かない」
知ってると思うけど、と太宰さんがつけ足すと、中也が苦虫を噛み潰したような面白い顔をした。