第17章 紅の櫻守
「……望みは何だよ」
落ちていた外套を拾って、中也は太宰さんに背を向ける。
「さっき言ったよ」
「人虎がどうとかの話なら、芥川が仕切ってた。奴は2階の通信保管所に記録を残してるはずだ」
「あ、そう。予想はついてたけどね」
テメェッと言いかけて、中也は止めた。
いちいち反応することが面倒になったのか、馬鹿らしくなったのかもしれない。
「……用を済ませて消えろ」
「どうも。でも、1つ訂正。今の私は美女と心中が夢なので、君に蹴り殺されてもちっとも嬉しくない。悪いね」
「あ、そう……じゃ、今度自殺志望の美人探しといてやるよ」
「中也……君って実は良い人だったのかい?」
「早く死ねって意味だよ、バカヤロウ」
感動する太宰さんにいちいち中也が反応する。
そんなんだから、中也は太宰さんの玩具だって言うのよ。
呆れた視線を向けていたのだが、中也は気づかなかったようだ。
地上階への階段を上っていた彼がこちらを振り返り、太宰さんを指さす。
「言っておくがな、太宰。これで終わると思うなよ。ニ度目はねぇぞ」
凄んだ中也は、一瞬あたしに一瞥をくれたが、太宰さんは「違う違う」と首を振った。
「何か忘れてない?」
何かってなんだろう、とあたしは内心で首を傾げたが、中也はそれが分かったようで、フルフルと身体を震わせて一度背を向ける。
やがて意を決したようにもう一度振り返ると――。
「二度目はなくってよ!」
内股のお嬢さま口調で叫ぶ中也に、太宰さんが爆笑した。