第17章 紅の櫻守
「あの太宰が不運と過怠で捕まるはずがねぇ」
この声は中也⁉︎
「そんな愚図なら、俺がとっくに殺して……、……っ⁉︎」
あたしはそこへ足を踏み入れると同時に、太宰さんの前に立つその男に異能を向けた。
でも、あたしの殺気に気づいた中也は、不意をついたはずの攻撃を避ける。
勢い余ったあたしの血液は、そのまま太宰さんへ当たった。
――ドスッ
もちろん、その攻撃は霧散するけど。
「詞織、思ったより遅かったではないか。それにしても酷いよ。私に攻撃を当てるなんて」
「ご、ごめんなさい。でも、あたしは悪くないよ。中也が避けるからいけないんだもん」
「テメェ……」
額に青筋を立てる中也。
あたしはそれを無視して太宰さんに駆け寄った。
「太宰さん、ヒドイ傷……誰がこんなこと……あ、中也にやられたの?」
あたしがもっと早く駆けつけていればこんなことには……。
そう思いながら尋ねると、太宰さんが答えるより早く中也が教えてくれた。
「俺はまだ何もしてねぇよ。どうせ芥川だろ」
龍くん……次に会ったら覚えておきなさいよ。
静かに怒りを燃やしていると、中也が低くあたしに言葉を紡いだ。
「詞織、そこを退け」
振り返ると、中也があたしを睨みつけていた。
怯みそうになる心を叱咤して、あたしは太宰さんを庇う。
「絶対にイヤ。太宰さんを傷つけるなら、中也だって許さない!」
太宰さんが嬉しそうに笑ったのは、あたしには見えなかった。
あたしがそう言うと、中也はニヤリと口角を上げる。
「許さねェ、か。テメェ、いつからそんなデケェ口利くようになったんだ?」
「…………」
何も言わないあたしに、中也は笑みを深くする。
「いいぜ。じゃあ、久々に稽古つけてやるよ!」
中也が腕を水平に上げ、指をクイッと曲げて挑発した。
あたしはナイフを手にして、中也に迫る。
蹴りを入れようとした足を掴まれ、腹に一発喰らった。
「うっ……」
でも、負けない。
すぐに体勢を立て直し、ナイフで手のひらを斬りつけ――。
異能力――『血染櫻・櫻吹雪』
無数の血の刃が中也を襲う。
けれど。
異能力――『汚れつちまつた悲しみに』
中也に触れた瞬間、あたしの血は重力に従って床に血だまりを作った。