第10章 白紙
『…あ、あのぉ……?』
気が付けばまた彼を殴っていた
赤い頬のまま、また不貞腐れた爆豪が向かいに座っている
同じ言葉を投げ掛けて様子を窺うが
フイと顔を晒されて
ご機嫌斜めを体現される
「…んで、どうやって治す」
『え』
突如切り出された本題に身体が強張り
喉が上下した
「そもそも俺ァ、テメエがなんで出来ねえのかが分からねえ」
『……』
爆豪は神奈の弱点を確かに知ってはいる
舐めて治すには体内の水分を使用すること
個性を使い過ぎれば脱水症状を起こすこと
復元するには時間を巻き戻すイメージをすること
失敗すれば、存在そのものをなくしてしまうことー…
「一気に治せなくても、できる範囲で水分補給しながらするとかよォ……」
『それじゃダメだったの』
そう振り下ろされた言葉はただ冷静さを孕んでいた
そこに諦念はなく、爆豪はそれに二の句を詰まらせる
…ーー神奈が翔の傷を治せないのは、いくつもの理由がある
まず前提として、彼女にはまだ、自身の個性の微細な操作が不可能だからだ
リカバリーガールの下で少しずつ経験を積み、学んでいた経験値も記憶と共に失った
彼女に出来る個性の使い方は現状、”数分前に戻す”か、”存在する前まで戻す”かの二択
それぞれ出来る回数は日によって、時間によって変わるが、
前者はおよそ5~8回
後者は2~5回が限界だ
調子の良し悪しや、こまめな水分補給によって多少は前後するものの、キャパオーバーすれば脱水症状で倒れてしまうので自身で自制している
――…では
先に爆豪が述べたとおり、
≪水分を補給しつつ、休息を挟みつつ、”数分前に戻す”を時間をかけて行えば可能なのではないか≫
それはとうの昔に試された事だった
もちろん結果はノー
不可能だ
実験していた当時、何度やっても、最終的には倒れて終わり
目を覚ました時には彼女が戻した時間以上の時間が経過していた
倒れるギリギリを探っても、それでも、挟む最低限の休憩時間は、戻す時間を追い越してしまう
だから彼女が、切断された翔の脚を治そうと思えば、
一度で一気に戻さねばならないのだ
彼の存在自体を消滅させぬよう、慎重に、慎重に――…