第2章 ベンチ
名前、か……。
名乗りたい名前なんて、無いのだけれど。
「紗奈。明石、紗奈」
同じ病室にいた、五歳くらいの女の子の名前。
熊のぬいぐるみを屋上に忘れ、取りに戻れなくなってしまった子。
その子の名前を借りることにした。
「さな、って言うのか。いい名前だな」
「そりゃどうも」
長谷川さんは再び、缶コーヒーに口をつけた。
ちびちびと大事そうに飲んでいる。
私のはもう空になっていたから、ゴミ箱にシュートすると、縁に当たって外れた。
「下手くそ」
「じゃあ長谷川さんも投げてみてくださいよ」
「俺が何年ここでホームレスやってると思ってんだ。缶の一つや二つ外さないさ……」
ぐいっとコーヒーを飲み干し、空になった缶を投げる。
缶は綺麗な弧を描き、吸い込まれるようにしてゴミ箱に入った。
「ほらな?」
「はいはい。よかったですねー」
「何だよ、負け惜しみか?」
喜んでいる長谷川さんを無視し、自分が落とした缶を拾い、ゴミ箱に入れた。