第60章 守護霊の呪文
ルーピン先生が箱の蓋に手を掛け、引っ張る。ゆらりと、ディメンターが箱の中から立ち上がった。頭巾に覆われた顔がハリーのほうを向く。ヌメヌメと光るかさぶただらけの手が一本、マントを握っていた。
私は初めて見たそれに息をのむ。教室のランプが揺らめき、そして消えた。ディメンターは箱から出て、音もなくスルスルとハリーのほうに行く。深く息を吸い込むガラガラという音が聞こえた。私は寒さを感じて、自分の腕を擦る。
「"エクスペクト・パトローナム"!」
ハリーは叫んだ。
「"エクスペクト・パトローナム"!"エクスペクト...」
ハリーは続けて叫んだが、床に仰向けに倒れてしまった。
『ハリー!』
「ハリー!」
私とルーピン先生が呼ぶと、ハッと我に返ったハリー。
「すみません」
ハリーは小声で言った。
「大丈夫かい?」
「ええ...」
ルーピン先生が尋ねると、ハリーは答える。ハリーは、机にすがって立ち上がり、その机に寄り掛かった。
「さあ...これを食べるといい。それから、もう一度やろう。一回で出来るなんて期待してはいなかったよ。むしろ、もし出来たら、驚きものだ」
ルーピン先生は蛙チョコレートをハリーに手渡す。ルーピン先生がこちらを見たので、私は意図を察して首を横に振る。蛙チョコレートは必要なさそうだったからだ。
「ますます酷くなるんです。お母さんの声が、ますます強く聞こえるんです...それに、あの人...ヴォルデモート...」
蛙チョコレートの頭を齧りながら、ハリーは呟く。ルーピン先生は、いつもより一層青白く見える。
「ハリー、続けたくないなら、その気持ちは、私には良くわかるよ...」
「続けます!やらなきゃならないんです。レイブンクロー戦にまたディメンターが現れたら、どうなるんです?また落ちるわけにはいきません!今度の試合に負けたら、クィディッチ杯は取れないんです」
ハリーは残りの蛙チョコレートを一気に口に押し込み、激しく言った。
「よーし、わかった...別な想い出を選んだほうが良いかもしれない。つまり、気持ちを集中できるような幸福なものを...さっきのは充分な強さじゃなかったようだ...」
確かハリーは、箒に初めて乗ったときのことを思い浮かべたのではなかっただろうか。そして次は、グリフィンドールが寮対抗杯に勝利したときの気持ち。