第30章 伝説
ロンはずっと後方に立っている。
「どうしたんだい?」
「僕...クモが...好きじゃない」
ハリーの問いに答えたロンの声は引きつっていた。
『そういえば、そうだったわね』
私は納得したように頷く。しかしハーマイオニーは驚いたようだ。
「まあ、知らなかったわ。クモなんて'魔法薬'で何回も使ったじゃない」
「死んだやつなら構わないんだ。あいつらの動き方が嫌なんだ」
ロンはクモのいる窓の方を見ないように答えた。ハーマイオニーはクスクス笑う。それを聞いたロンがきつく言った。
「何がおかしいんだよ。理由を知りたいなら言うけど、僕が3歳のときフレッドのおもちゃの箒の柄を折ったんで、あいつったら僕の...僕のテディ・ベアをバカでかい大蜘蛛に変えちゃったんだ。考えてもみろよ。嫌だぜ。熊のぬいぐるみを抱いてるときに急に脚が生えてきて、そして...」
ロンは身震いして言葉を途切らせる。ハーマイオニーはまだ笑いをこらえていた。それを見たハリーが話を変えるようにこう言った。
「床の水溜りのこと、覚えてる?あれ、どっから来た水だろう。誰かが拭き取っちゃったけど」
「このあたりだった」
ロンが床を指さした。
「このドアのところだ」
そしてその近くにあるドアの取っ手に手を伸ばしたが、やけどをしたかのように急に手を引っ込める。ハリーが不思議そうに問いかける。
「どうしたの?」
「ここは入れない、女子トイレだ」
ロンは困ったように言った。
「あら、ロン。中には誰も居ないわよ、ねぇユウミ?」
『そうね、'嘆きのマートル'の場所だもの』
「いらっしゃい、覗いてみましょう」
ハーマイオニーの問いに私が答えると'故障中'と大きく書かれた掲示を無視して、ハーマイオニーがドアを開けた。そこは陰気で,大きな鏡がひび割れてたり,床は湿っぽく,トイレの小部屋は引っ掻き傷だらけ。鏡の前にあちこち縁の欠けた石造りの手洗い台があるなんともいえないところだった。ハーマイオニーはシーッと指を唇に当て、一番奥の小部屋のほうに歩いて行く。
「こんにちは、マートル。お元気?」
そう声をかけたハーマイオニー。それを見たハリーとロンも覗いている。私も見つからないように覗く。そこには、トイレの水槽の上でふわふわしながら、顎のにきびをつぶしている女の子がいた。嘆きのマートルである。