第1章 rain of repose
「・・・眠ってる・・?・・・何見て・・、あ・・」
こんなにすぐ傍に居るのに。
だからこそ少しだけ倨傲を漂わせる。
彼の寝相は、まるで名無しの睡眠を妨げないよう、配慮でもしていたかのような体勢だった。
ナッシュは右手に自身の携帯を持っていた。
それが夜中・・・明るさを放ったまま。
アプリを起動させた状態が続いていたのだ。
うつ伏せに頭も名無しとは真逆の方を向けたまま、本当に寝落ちていたのが分かったのは、小さく彼の寝息が聞こえていたから。
「・・・・・」
名無しはそっと身体を動かすと、ナッシュの右手の中を密かに覗き込んだ。
また何か、女から来たメールでも読んでいた最中に寝落ちていたのだとしたら・・・そんな不安がないわけじゃない。
それでもとにかく携帯を取り、点灯したままでいたそれをどうにかしてあげたいと純粋に思ったのだ。
「・・・・ッ・・」
名無しが覗いた、そこにあったディスプレイに浮かびっぱなしだったもの。
彼が見ていたのは動画のようだった。
途中、眠った弾みで、指か何かで一時停止が押されていたのだろう・・・その状態で止まっていた画面の中身は、とある試合の映像だ。
自分が疎くても分かる・・・。
屋内のアリーナ、周囲には多くの観客。
一時停止の静止画にもかかわらず、歓声のひとつでも聞こえてきそうなほど、人で溢れ埋まっていたスタンド。
画面の真ん中には、ボールを持った、この国の人間なら誰もが知っているであろう、一人の著名なプレイヤーの姿があった。
「・・・・。―――おやすみ、ナッシュ・・」
ナッシュがどんな気持ちで、どんな表情でこの動画を見ていたかなんて、名無しにはまだ知る由もない。
分かろうとしても、胸が痛むだけだった。
ただこんなとき、疎くて良かったのかもしれないと逆に思うこともできたのは、過ごす時間が長くなるにつれていつしか芽生えた、名無しに起きた変化のひとつだった。