第2章 望むならプレゼントを
使用人に促されて部屋に入ってみれば、やはりそこには床に座りベッドに顔を押し付けて泣いている妹の姿。
しばらく俯いていたが、観念したのか史佳は口を開いた。
「………おにいちゃん、わ、わた」
「ん?」
「わたし、ゆ、ゆうせんぱいにふられちゃったよぉ…っ」
うわあああん、と何年かぶりの妹の大号泣とその理由に、跡部は動揺を隠し切れなかった。
忍足が史佳を振った?
おかしいだろ、あんなにベタボレだったじゃねぇか。
この俺様が何度妨害しても挫けなかったんだぞ?
振れるほど浅い想いじゃなかった筈だ。
チームメイトの行動を信じられずにいれば、しゃっくりを堪えながら史佳は続けて言った。
「ゆ、ゆうせんぱいが」
「忍足がどうした」
「な、なつかわさんのほうが、す、すきだからって! わ、わかれようって!」
「んだと…?」
「なんで? なんで? そりゃ、わたしは、すごくだめなこだけど! ぜんぜんゆうのうじゃないけど! それでも! あのこにとられるいみがわかんない!」
いつもの落ち着きはどこへ行ったのか、情緒不安定なまま史佳は泣き叫ぶ。
跡部の服の胸の辺りを握り締め、うつむいたまま納得できないとうめく。
普段はプライドなどに頓着しない史佳だが、今回ばかりは許せなかったようだ。
それはそうだ。
普通に考えれば跡部史佳があんなポッと出に負けるわけがないのだから。
プライドはかなり傷付けられたことだろう。
その姿はあまりに頼りなく弱々しく、跡部は思わず抱き締めていた。
別に妹なぞに欲情したりはしない。
あくまでも家族として、たった一人の兄として、この愛しい妹を痛ましく思った。
(……あの女)
跡部の脳裏に、一人の少女がよぎる。
史佳と同い年の、一ヶ月ほど前にマネージャーとして部活に加わった少女。
史佳を抱き締めて頭を撫でながら、思い出す。
(あの女……!)
許せない。
無能の分際で、足手まといの分際で。
あろうことか妹を泣かせ、さらに友まで誑かした!
跡部は知っていた。
忍足侑士は、心底史佳に惚れていたのだと。
他の女に靡くはずがないのだと。
夏川莉香が何か特殊な手段を使い、テニス部全体を陥落させたのだと。