第2章 苦心惨憺【クシンサンタン】
どうやら耳は聴こえている様だ。
女はそっと筆を手に取ると………
ぐりぐりと文字とも模様とも附かぬ物を書き殴り始める。
「………おっ……おい!」
慌てて女を制止しようする政宗を俺は止めた。
「見てみろ。」
俺がそう言って、全員で静かに女の動向を見つめる。
女は実に愉しそうに、にこにこと微笑みながら筆を動かしていた。
「……まるで子供だな。」
秀吉の呟きに全員が自然と頷いた。
そう、まるで幼子が新しい玩具を与えられて喜んで遊んでいる様に見える。
どう若く見積もったとしても、この女は十五、六歳以上だろう。
それを鑑みればこの様子は明らかに可笑しい。
無言のまま女を見続けている俺の横で
「ふむ……」
と、光秀が小さく唸った。
「何だ………光秀。」
「ああ………。
この女、元々は普通に文字が書けたのではないか…と。」
「何故そう思う?」
光秀は全員の顔を見渡して説明をする。
「この女は筆の持ち方を知っている。
例えば初めて筆を見る者はその使い方、
ましてや持ち方すら分からない訳であろう?
だが、こいつは教えなくても筆を正しく扱っているからな。」
確かに光秀の言う通りだ。
では何故、こんな状態に………?
「………子供返り。」
今度は家康の呟きに全員が顔を上げた。
「聞いた事があります。
人間は己が許容出来ない程の惨い状況に陥ると
そこから逃げ出す為、自ら自分を壊して仕舞う…って。
その惨い状況に陥る前の自分に戻って仕舞う……」
「そうなっちまう位、酷え仕打ちを受けたって事か。」
家康の言葉に、政宗はぎりぎりと歯を食い縛った。