第8章 堅忍果決【ケンニンカケツ】
まさかの存在に俺が腰を浮かせ掛けると
「そう熱り立つな、信長。
お前の膝元で騒ぎを起こす程、俺は馬鹿じゃない。」
落ち着いた声色の信玄に窘められて仕舞う。
「俺だってお前の顔など見たくも無いが…
十参號の事を思うと居ても立っても居られなくてね。」
「……十参號と呼ぶのは止めろ。」
俺は苛立ちを抑え切れない。
を十参號と呼ぶ事も、を見つめるその柔らかな視線にも……。
「ああ、今は『』と名付けてもらったそうだな。
良い名だと捌號(はちごう)も喜んでいたよ。」
「…………。」
捌號というのはあの男の呼び名であろう。
『俺達の存在など家畜と同じだ』と自嘲していたあの男の顔が浮かぶ。
俺は無言で信玄を睨み付けた。
「そんな怖い顔をするな。
三ツ者達の呼び名は俺が武田家を継ぐずっと前から受け継がれているんだ。
俺にどうこう出来る事では無い。」
それにしても何故あの男は信玄に真実を話した?
『上手く誤魔化してみせる』そう言っていた筈だ。
それなのに何故……自分の立場を危うくする様な事を…。
「これから話すのは俺の独り言だ。
聞きたくなければ何処か遠くへ行ってくれ。」