第8章 堅忍果決【ケンニンカケツ】
店先の床几に腰掛け、隣で団子を頬張るを見つめる。
にこにこと微笑むの愛らしい姿に俺も目を細めた。
実を言えば……俺はまだあの男との約束を果たせていない。
そう、まだを抱いていないのだ。
相変わらず毎晩褥は共にしてはいる。
それでもを抱けない理由とは……唯、怖いのだ。
俺が触れる事で、がその身に受けた陵辱の記憶を蘇らせて仕舞うのではないか…と。
いや、それ以上に怖いのは………
が過酷な状況の中で唯一呟いたという信玄の名。
苛烈な暴行を受けながら呻き声一つ上げなかった者が、無意識で口にした男の名。
はどんな想いでその名を口にした?
の中で信玄の存在は…只の主君では無かったのではないか?
その身体だけで無く、心まで信玄の物であったとするならば俺が手を出すべきでは無い。
あの男には『女に生まれた幸福を教えてやって欲しい』と頼まれただけだ。
そうであるのに……の心まで欲している俺は、何と欲深いのだろうか。
「そのお団子……美味しいかい?
実は俺も甘味には目が無くてねー。」
そうに声を掛け、その隣に腰を下ろす男が居た。
図々しい奴だと、ちらりと横目でその男を窺い見てみれば……
「貴様っ……」
それは甲斐の虎、武田信玄その人であった。