第1章 甘く香る(赤司)
「ジュリエット、か」
歩きながらふいに赤司が零したのは、廊下で一人呟いた私の声と酷似していて隣へと視線を向けた。
最近では舞台以外にも書籍、ゲームの元ネタとなるくらいに多く用いられている作品だ。
何かしらの媒体で目にしたことがあり、それゆえ懐かしい思い出に浸っているのだろうか。
そうでもなければ物思いに耽った雰囲気を纏って呟く名ではない。思い入れがあると考えるのは正しいと思えた。
とはいえ、赤司とジュリエットとは、何とも関連性を感じさせない繋がりである。
何も彷彿とさせてはくれない二つの名前を脳内で羅列してみても進展はなかった。
「赤司君、ジュリエット好きなの?」
聞かなければ分からない。
ならば勿体ぶることでもないのだし聞いてしまえと直接問う。
赤い両の目を横から覗けば、予想していなかった返答が届いて目を瞬かせた。
「特別好いてはいないな。ただ、共感できる節はある」
共感。
彼がジュリエットと共感出来る場面などあっただろうか。
読み掛けの本を振り返り、知っているだけの内容を浚ったがしっくりこない。
ロミオとジュリエットという作品は、大きく言ってしまえば平和を唱えているストーリーだが印象に強く残るのは恋愛だと思われる。
実際に恋愛に纏わる台詞はとても多い。
ジュリエットと限定されてしまえば尚の事恋愛しか思い浮かばずに小首を傾げた。
失礼な話かもしれないが、赤司と恋愛が上手く結び付かないのだ。
確かに意中の相手がいたとしても何らおかしくないけれど、どちらかと言えば身分を差していると言われた方が納得出来る。