第1章 甘く香る(赤司)
「何時もより時間が遅いし、送っていくから待っていてくれ」
言われて大人しく待つことにした。
言い出したら頷くまで説得を続ける赤司には大人しく従っておいた方が良いと私は知っている。
以前にも似たような事例があり、その時は送ると一点張りの赤司に大丈夫しか言わない私と、長く応酬が続いたものだ。
結局折れたのは私で、半ば強引に決めた赤司に送られたわけだが、言い合っていたせいで余計に帰る時間が遅れてしまった過去を振り返れば、以前よりも遅い時間となった現在、早いうちに頷いてしまった方が利口だろう。
だって彼は決して譲らない。
彼が着替え終えるのを更衣室前の廊下で待つ。
昇降口でも構わなかったが、あまり待たせないからと赤司が言うので素直に従った。
「ジュリエット、ね」
待っている間に一人呟いたのはヒロインの名前。
それというのも、気になったからに他ならない。
ジュリエットが似合いそうなんて、私を前にしてどの口が言うのか不思議だったのだ。
赤司の中で私は一体どういった印象なのか、皆目見当が付かなかった。
少しでも知れたらと呟いてみたヒロインの名前は、余計に私を混乱させてくれるだけに終わる。
音にしてみたところで、分からないものは分からなかった。
本当に手早く着替えを済ませたらしい。
赤司が戻るまでに時間はあまり掛からなかった。
待たせた、なんて言いながら更衣室を施錠しているが全く待っていない。
彼の隣に立てばほんのり香る汗の匂い。私のために急いでくれたことは明白だった。
赤司が言い出したこととはいえ、送ってもらうせいで申し訳ない気がして肩を竦める。
後日礼をしよう。そうでなければ気が済まない。