第1章 甘く香る(赤司)
「シェイクスピアか」
受け取った私のタオルで一通り汗を拭い、机の上に置いた本に目を止めたらしい赤司が言った。
誰もが知っている作品を選択したのだから、博識な彼が知らないわけもない。
寧ろ知っていて当たり前、といった体で驚くこともなく受け答えた私のクラスが選んだ演目は、四大悲劇として有名な作品の中の一つ。
「そう、ロミオとジュリエット」
ウィリアム・シェイクスピア作、ロミオとジュリエット。
映画化、舞台化、ミュージカル化と現代では幅広く展開されている有名な作品である。
勿論ロミオを演じるのは、演劇をやる原因となったモデルの黄瀬だ。
きっとジュリエット以外の女性だって魅了するのだろう。何せ彼は顔が良い。
答えながら本を鞄に仕舞い込んだ。
赤司が部室にやってきたということは、部員全員が自主練習を終えたことを告げている。
でなければ戸締りのために部室へ足を運ばない。
彼が戸締りに来たということは目安にしていた帰宅時間を示していた。
辺りは暗くなっているし、帰らなければならない時刻となっているのは一目瞭然だった。
タオルと入れ替わりで納めた本が鞄の大半を占領することになってしまったが、本を持ち歩く習慣があるわけでもなく、あまり見ない光景となって悪くない気分になる。
「は何の役なんだい?ジュリエット? 」
帰り仕度を整えた私が部室を出ると、室内の確認を終えた赤司が鍵を掛けながら問い掛けた。
何故演じることを前提として話すのか。
「まさか。私は裏方だよ」
「そうか?案外似合うと思うけどね」
舞台を成功させるには役者だけでは不足だと知っているはずの彼に渋い顔をすれば苦笑で返された。
浮かべた苦笑の意味が分からなくて、主演なんて無理だと付け足せば小さく漏れてくる声は何やら楽しそうだ。
どうして笑われているのか見当も付かない私は、笑う赤司と違って何も楽しくない。