第1章 甘く香る(赤司)
問い掛けられて一間、少しの時間を空けることで漸く叶ったのは首を左右に振って否と答えるだけだった。
厳密にいえば振るとも違う。
それだけの気力が残されていなかった。
緩慢にしか動かなくなった私は、限りなく緩い動作で顔を横に動かしたのみ。
何とも情けない状態だが、脳内を、神経を、持ち得る全てを現在に限り支配されているので仕方のない現象とした。
それでも充分に伝わったらしい赤司の手が離れていく。
接触を終えても残骸が頬に居座って平静さは未だ取り戻せないまま目の前に視線を注げば満足気な笑顔が降ってきた。
今日の赤司は良く笑う。唯一抱いた感想は随分と間抜けなものだった。
「今はそれでいい」
今はね。笑う赤司が付け足す、限定を表す語録。
それは答えを知る日が必ずやってくることを示唆していた。
明日知るのか、数週間後なのか、数年を要するのか、混乱を極めた今の私には分からない。
けれど分からないなりに呆然とする頭を機能させようと必死に考える。
ジュリエットはロミオを薔薇に例えた。
それになぞり、赤司は薔薇でありロミオを私に当て嵌める。
置き換えて考えたところで、強制的に止めた。
これ以上は危険だと本能が告げている。
ふ、と短い笑い声がして焦点を合わせた先で赤司が楽しげに笑った。
本当に今日は良く笑う日だと思う。
全く笑わないとは言わないけれど、控えめに笑むことの多い彼が普段ここまで笑顔をひけらかしたりしない。
珍しい赤司の様子にまじまじ見詰める。
口許に手を当てて笑みを漏らす彼が優しく声を落とした。
「顔、赤いな」
言われて自覚していく、顔に集中している熱。
気付いてまた上昇する熱量を下げるべく両手で頬を包んだ。
けれどどうにも冷めない熱が尚の事頬に集中していく気がして顔を上げていられず俯く。