第1章 甘く香る(赤司)
撫でていった手が優しかったなんて、彼が例えた薔薇はもしかして、なんて全てがきっと冗談だ。
ジュリエットとの共通点がこんなにも甘いものだと一体誰が予想するのだろう。
それも相手が赤司征十郎その人。
今まで部活を通してのみ接していただけで特別を抱いたことなんてなかったというのに、今この時に意識させてくれなくても良いではないか。
顔を上げていなくても分かる、彼がまた笑った振動が空気を伝って訪れる。
笑われている原因は間違いなく自分なので羞恥が競り上がっていった。
顔の赤みとは何処まで昇り詰めるものなのだろう。
自分の顔を確認出来ないので一層のこと分からない。
「…そんなに笑わなくてもいいじゃない」
漸く動くことが叶った口から突いて出たのは可愛げのない反論。
大した攻撃力を持たないと分かってはいたが、何か言ってやらなければ破裂しそうだった。
何かを言葉にすることで籠る熱を逃がしたかった。
それなのに彼は許してくれない。
一度生じた熱を決して忘れないようにと擦り込んでくる。
すまない、そう返す声は全く反省の色が見えない音だった。
俯かせていた顔をそろそろと上げる。
探った視線の先で蕩けた笑顔が出迎えてくれた。
「どうやら、本当らしい」
何がだろう。意図が読めずに目を瞬かせる。
何度目だ、話についていけずに瞬きを繰り返すのは。
それだけ現状に混乱しているのかもしれない。
脈が彼を求めて鼓動を速めている気さえする。
そんなのは錯覚だと分かっているのに、現実だと思わせるだけの笑顔を浮かべた赤司が言った。
「甘いな、薔薇というのは」