第1章 *
一息に話し終えた彼女に、ぽかんとしているだけだった鶴丸国永も合点がいった様だった。なるほど、と頷く一期一振にも先程のように疑る様な空気は感じられない。直接言葉を浴びせ睨むように見ていた大倶利伽羅も、恐らく予想していない展開だったのか毒気を抜かれたように鼻を鳴らした。
「…事情があったとはいえ、同じ廓に住まう人間が土足で踏み荒らしたことには変わりありません。今日はお暇します」
「えっ」
空気が幾分柔らかくなったというのに、彼女は何の感慨もなく手荷物を纏めだした。手を付けられなかった酒や料理を申し訳なさそうに一瞥したのち、首元の口布をぐいっと引き上げ眼鏡をかける。先程は年端もいかぬ少年に見えたその出で立ちも、素性を知った今では一人の女にしか見えない。さすがの大倶利伽羅も潔すぎる彼女に言葉を失っている間に、襖の前で深く一礼したのち部屋を出て行こうとする。その姿には未練も何もなく、躊躇は一片も感じられなかった。
「ちょ、きみ!」
すかさず声を上げたのは鶴丸国永だ。縋るようにその腕を掴み、引き留める。触れられたことで大きく肩を揺らした彼女だが、それでも眼鏡の奥の瞳は冷静さを失ってはいなかった。真意を確かめる様に一度掴まれた腕を見てから、鶴丸国永へ首を傾げる。
「…また、会えるか?」
情けない声だとは鶴丸国永自身分かっていた。それでもいいと思えたのだ。今まで彼が一人の、初見の客に執着したことなど一度もない。いつだって飄々としていて、駆け引きを楽しむように場を盛り上げていた。そんな彼の必死な様子に目を見開いたのは、一期一振だけではない。結わえられた髪を照れ臭そうにする次郎太刀も、足を崩して座る大倶利伽羅も。常とは違う様子の彼に戸惑うようにしながら、しかしどこかで納得もしていた。