第1章 *
「もうお会いすることはないでしょう」
鶴丸国永の必死の想いも、ばっさりと切り捨てられては何も言えない。そんな、と唇を戦慄かせ子供のように顔を歪める鶴丸国永を見て、彼女は小さく息を吐く。
「私は『百合艶』の髪結い師ですが、あなたは『桜』の男娼です。不自由無い生活を送れるほどには困っていませんが、お恥ずかしながら『桜』の男娼と廓遊びに興じるほどの余裕もないのですよ」
告げられた言葉は体の良い断り文句だったが、確かに事実でもあった。鶴丸国永達を買う夜は、決して安くはない。そして彼女は廓遊びに本気で溺れるほど愚かでも考えなしでも、情に絆されもしなかった。例えこの店が他の吉原とは一線した掟があるとはいえ、本気でするには少々の火傷では済まない火遊びだろう。暗に告げられるその事実に、鶴丸国永は唇を噛み締める。
「―――じゃあさ、あんたうちの髪結い師にならないかい?」
そこで声を上げたのは次郎太刀。さも名案、というように明るく声を上げるが、彼女がそれはできないとまたも一刀両断してしまった。仮にも『百合艶』の専属髪結い師である彼女が、勝手にそれを反故にすることはできない。目に見えて気落ちする次郎太刀だが、諦めがつかないように彼女を見やる。よほど結ってもらえた出来が気に入ったのか、しきりに彼女が触れていた自身の髪を撫でつけていた。
「失礼します」
静かに去って行く彼女は、するりと鶴丸国永の腕をすり抜けた。置いて行かれた子供のように寂しげな顔をする鶴丸国永に、そっと目を伏せて。去り行く彼女の後姿を見送りながら、せめてと彼は声を掛ける。
「名は!?きみの名を、教えてくれ」
頼りなげながらも力強いその声に弾かれたように振り返った彼女は、小さく笑ったように見えた。口布のせいで殆ど表情も伺えないが、涼しげなその眼元が和らいだ気がして、鶴丸国永はどうしようもない気持ちになる。