第1章 *
「審神者、と申します」
その一言を残し、ついに彼女は姿を消した。『桜』は刀の名前を男娼につける変わった妓楼だが、そこには裏設定が存在する。それは、彼らが刀の付喪神だというものだ。刀を具現化したのが彼らなのだという、一部でしか知られないまことしやかな小さな事実。それは彼らが神の端くれとなる仰々しく浅ましいものであったが、だからこそ酔わされるのが人の性なのだろう。知ってか知らずか、彼女は「審神者」と名乗った。神託を受けるその名は間違いなく偽名だ。しかし、それで構わないと鶴丸国永は思う。
「審神者…」
甘く転がすその名前。彼女がそう名乗ったということは、きっと自らは神の端くれなのだ。一時の戯れかもしれないが、そうやすやすと見逃すことはできはしない。この身を焦がす熱情を、覚えてしまったのだから。
「なあ、知ってるかい。神は強欲なんだぜ―――きみは、もう逃げられない」
彼女に触れていた腕をそっと握り締めながら、鶴丸国永は不敵に笑った。再び会い見えるその時を、知っているかのように。