第1章 rain of lust
地下鉄に乗り込み、ナッシュの部屋に着くまでに新たに手にしていたプラスチックカップの中身は空になっていた。
透けていた中身のアイスティー、ストローを勢いよく吸って潤した喉。
帰り道、ナッシュにそのカップを時々奪われると、彼は躊躇なくストローに口を付け、名無し同様に彼女のアイスティーを飲み込んだ。
たかが茶でも、女々しい印象があるような飲み物を飲んでいるナッシュを横目で見ていると、名無しは不思議な気持ちになり、その胸を一度トクンと高鳴らせた。
高慢で、凶暴で、強欲で、最低な男なのに・・・。
黙って見ていると、心が落ち着いている自分が居たことが、また胸中をどうしようもなく複雑に感じさせる。
「・・・・ッ・・・待って・・んん・・・」
「ん・・・・、黙ってろ・・」
ナッシュの言葉は何も信じてはいけない。
帰路のハプニングだって、単なるそれにすぎない。
何処も汚れていないし、むしろ汚されているのは自分が、彼にだろう。
回を増すごとに、ものの見事にナッシュに絆されていることのなんと屈辱たるや――。
こんなこと、笑い話にも出来やしない。
「っ・・・ひゃ・・」
「あぁ・・・冷たかったか?・・・フン・・、すげえ勃ってるじゃねえか」
「ッ・・・ひとりで・・子供じゃないんだから・・・ナッシュ・・、ッん・・」
「言っただろう・・・流してやるって」
「ん・・・!」
ナッシュの部屋に着くと、腕を取られ連れられたのはシャワールームだった。
けれどまずは帰宅して早々、玄関で交わされたキスに身動ぎ、閉ざされたドアに頭を軽くぶつける。
それほどまでにナッシュの勢いは強く、角度を変えて何度も何度も舌を絡めさせられた。
大きな手が、指がなぞるのは名無しの耳元。
耳介に指先を添わせながら、心地よく感じるように数度に渡って擦られる。
駅や街で捨てられず、空になっていた、買い足されたカップを持ったまま入室していた名無しが、そこでその容器を落としたのは言うまでもなかった。
カップはそのまま数センチ転がり、ぴたりと止まったそれが彼女によって拾われたのは、それから数時間後のことだった。