第6章 ★世界で一番好きな人/笹谷武仁
もっといえば。
さんが兄貴に汚されることも、無かったのかもしれない。
ただ自分だけが。さんの『男』になれたかもしれないのだ。
「……もっかい、言って」
「ん? 何を?」
俺のお願いに、さんはきょとんとした顔で俺を見つめ返した。そんな彼女の鈍さに、俺はぎゅっと眉根を寄せた。そしてもう一度、さんに願いを伝えた。
「…もう一回、その、『センパイ』って言って」
俺の願いを聞いたさんの顔は先ほどと同じようにきょとんとしたままだった。
けれど俺の意図を読み取ったのか、次第にその表情は微笑みに変わっていった。
「……武仁センパイ。今日の試合してるとこ、すっごくカッコよかったです。…私、センパイのバレーしてる姿が……すごく好きなんです」
ただ『センパイ』と呼んでくれるだけで俺は満足だったのに。それなのに、さんはただ『センパイ』と呼ぶだけではなく、後輩になりきって、俺が喜ぶセリフを口にした。
さんがどこまで計算しているのか分からなかったが、そのセリフと、少しうつむいて恥ずかしそうに言葉を紡いだその仕草は、俺の理性のリミッターを外すのに充分すぎた。
「さん」
「っ、武仁?」
食事もまだ途中だと言うのに、いきなり床に押し倒してきた俺を、さんは至極驚いた顔で見上げている。
何が俺のスイッチを入れたのか、理解できないといった顔だ。
すっかり元に戻ってしまったさんに、俺はゆっくりと首を振った。
「ダメ。続けて。さっきの」
「…さっきの、って。先輩後輩ごっこ?」
さんの問いかけに、静かに頷く。何度か瞬きをして、さんは俺の要望に応えるべく、一度咳ばらいをして、また先ほどの後輩を演じ始めた。
「…武仁センパイ。まだ、食事が終わっていませんよ…?」
「悪い。我慢できそうにない」
「あっ……」
まるで獣が獲物に噛みつくように、俺はさんの喉元に吸い付いた。彼女の首筋が弱いことは、もうよく分かっている。
吸い付いた後は、甘噛みを繰り返す。時折舌先で舐めてやると、さんの体が微かに震えた。
「んっ…武仁、それはダメ、」
「…先輩。今日は俺、より先輩だから」