第6章 ★世界で一番好きな人/笹谷武仁
たった2つ上なだけではあったが、俺にとってさんは大人の女性で。
彼女としての付き合いはいまだ2ヶ月しかないから、余計にため口をきくのをためらってしまっていた。
同学年の女子と話す時と同じように話そうと努力はしているものの、意識しないとすぐに敬語を使ってしまう。
それは俺に染み付いた彼女との『距離感』の表れでもあった。
キスも、それ以上も済ませてしまっているのに、さんは俺にとって、不思議とどこかまだ遠い存在だった。
「まぁ、ゆっくりでいいよ。そのうち慣れる慣れる」
さんのそんな言葉1つも、大人の余裕に感じられた。自分が彼女に釣り合う男になろうと必死に背伸びをしているその横で、そんな自分をさんは微笑ましく見ているような気がして、少し悔しい気持ちを抱いた。
「…そういえば、今日」
俺が言いかけたところで、さんは口に運びかけたスプーンをおろした。
「あー、今日はごめんね? 部活中に気が散ったよね。こっそり覗こうと思ってたんだけど」
「いえ、別に気は散ってないっすよ。…むしろ嬉しかったんで。……まさか学校内で会えるとは思ってなかったし」
「ふふ、ありがとう。私も、部活中の武仁を見られるなんて思ってなかった。めちゃくちゃカッコよかったよ! 思わず叫びそうになったもん。元チアの血が騒いだわ」
言ってさんは身に沁みついているチアリーダーの動きをその場でして見せた。
高校時代と変わらないキレのあるその動きに、俺は見惚れてしまっていた。
「やっぱりいいよねー、高校生って。こう、ザ・青春って感じ? 私もマネージャーとかやってみたかったなぁ。『武仁センパイっ!』とか言ってさ」
さんに『センパイ』と呼ばれた瞬間、俺の胸が大きく跳ねた。今まで感じたことのないなんとも言えない感情が湧き上がってくる。
さんが自分と同じか、年下だったら。今も同じ高校生として時を過ごせているのだと思うと、なんだか不思議な気持ちがする。
もし、そうなら。もし彼女が自分より年上でなかったら。
さんと対等の位置に立とうとあがいている今の自分はいないかもしれない。
もっと余裕を持って、彼女に接することが出来るのかもしれない。