第6章 ★世界で一番好きな人/笹谷武仁
おどけながらさんは言うものの、彼女の耳は真っ赤になっていて、それを確認した俺は嬉しくてたまらなくなった。
自分の言葉1つで、彼女の感情を揺り動かせることに、この上ない幸せを俺は感じていた。
「じゃあ、手洗ってきて。ご飯よそっておくから」
「お願いします」
さんのおでこにキスを1つ落としてから、慣れた足取りで洗面所に向かった。
玄関から入ってすぐ左手にある洗面所には、彼女の物と一緒に、俺の私物がいくつも並んでいる。
さん好みの可愛いピンクのコップにはさんの歯ブラシと一緒に、俺の歯ブラシも入れられている。
俺の歯ブラシはさんの歯ブラシにぴったり寄り添っていて、いつでも彼女にくっついていたい自分の姿を見ているようだ。
可愛らしいピンクのコップでうがいを済ませ、これまた可愛らしいボトルに入った甘い香りのハンドソープで手を洗えば、ますますさんに近づけたようで、俺の心は弾むのだった。
リビングに戻ると、小さな白いテーブルに食事の用意がされていた。
「じゃじゃーん! 今日は『おつかれカツカレー』でーす!」
「…『お疲れ』と『カツカレー』をかけたんすね?」
「そうだけど! そんな冷静に聞かれると恥ずかしいっす」
くだらないダジャレも、さんが言うのなら許せてしまう。
声を出さずに笑う俺を見て、さんはふくれっ面を見せたものの、そんな顔も可愛く思えて仕方なかった。
「冷めないうちに、食べよ」
「そっすね。…いただきます」
「どうぞ召し上がれ」
スプーンいっぱいにカレーをすくって口に運ぶ様子を、さんはニコニコしながらじっと見つめている。
きっと味の感想を待っているのだろう。
さんの期待に早く応えようと、数回咀嚼して飲み込んだ。
「うまいっす!」
「良かった。おかわりもあるからいっぱい食べてね」
「うっす。ありがとうございます」
「…ね、武仁。敬語じゃなくていいって、言ってるじゃん。付き合い長いんだし、ため口でいいよ」
「すみません…あ……っ、わ、悪い…」
俺はもごもごと口ごもってしまう。さんにはもう何度も「敬語を使うな」と言われているのに、いまだため口をきくことに慣れていなかった。