第6章 ★世界で一番好きな人/笹谷武仁
さんは、俺の家から電車で15分ほどの所にあるアパートに住んでいる。
電車内から見える外の景色は既に真っ暗で、家々の明かりがまるでろうそくのようにポツポツと灯っている。
手持無沙汰を感じて、何も用は無いのにポケットからスマホを取り出す。
さんとのメッセージのやり取りの画面を見ながら、緩みそうになる頬を必死で堪えるのが、ここ最近の電車内での過ごし方だった。
彼女とのやり取りの1つ1つが、俺にとって大事な思い出の1つで、たとえとりとめのないやり取りであっても、何度も見返したくなるようなものだった。
(やべぇな俺。どんだけさんの事好きなんだよ)
心の中でそう呟いて、自虐気味に笑う。
兄貴の彼女として紹介される前から、好きだった。
兄貴の彼女になっても、ずっと好きだった。
さんを想い続けてきた時間は、兄貴よりもずっと長い。
そういった下地があったからこそ、どんな些細なことでもさんにまつわることは、俺にとって何にも代えがたい大事なもので。
さんの家の最寄りの駅についても、頬の緩みはおさまりそうになかった。
******
「お疲れさまー!おかえり、武仁」
「ただいま、さん」
家にあがるやいなや、さんが飛びついてきた。
足まで絡ませて全身で抱き着いてきたさんに少しだけよろめきながらも、なんとか踏ん張ってさんを受けとめた。
「あー、武仁のニオイがする」
「ちょ、俺まだ風呂入ってないからクサいかも」
「んーん。クサくない。このニオイ好き」
「……変態ッスね。汗のニオイが好きとか」
「そーね。変態かもね。ふふっ」
笑いながら、さんはなおも俺の体に顔をうずめていく。その動きがくすぐったくて身をよじると、さんは逃すまいとまた顔をうずめる。
玄関先で2人はそうやってしばらくじゃれあいを続けた。
けれど、その途中で俺の腹の虫が鳴り、さんは慌てて身体を離した。
「もしかして何も食べずに来た?」
「当たり前でしょう。さんがメシ作ってくれてんのに、他の物なんて食べませんよ」
「マジっすか。すごい殺し文句っすね。どこで覚えてきたのかな?」