第6章 ★世界で一番好きな人/笹谷武仁
二口は俺の返答を聞いて、腕を組んで何事か真剣に考え始めた。
「そうか…年上も…ありだな…」
「……お前が考えてること、大体見当ついた」
「分かります?」
「…二口にも女子大生紹介しろって話だろ?」
「さすが笹谷さん。是非お願いします!」
「まぁ、聞いてみるけど。あんまり期待するなよ?」
「あざーっす!」
元気いっぱいに返事をする二口に、俺は少しだけ眉尻を下げる。
ギャラリーにいるさんの方に視線を向ければ、さんは先ほどと変わらずニッと笑った顔のまま俺達を見つめていた。
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部活が終わり、俺は足早に帰宅の準備を始めた。
スマホを見れば、さんからのメッセージが画面いっぱいに並んでいて、俺は着替えながらからのメッセージを読んでいった。
『部活邪魔しちゃってゴメンね』
『偶然、伊達工OBの子に会ってさ。先生に会いに行くって言うから、ついていっちゃった』
『試合見たら、先帰っとくね』
メッセージを確認し終えて、『了解。今終わった。すぐ行く』というメッセージを手早く打ち込んだ。
その様子を鎌先達は異様ににやついた顔で見ていたが、俺は気にしないようにして、誰より先に部室を飛び出して行った。
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「ただいま」
「お帰り、タケ」
ゴールデンウィークの数日前から両親は家を空けていて、誰もいないはずの家から返事が返ってきた。
驚いた顔で返事をよこしてきた人物を見上げれば、玄関に顔を出したのは兄貴だった。
クタクタのグレーのスウェット姿を見れば、どうやら寝起きのようだ。
「…兄貴。今日、バイトは」
「夜番と交代になった。あー、タケ、今日あいつの家行くんだろ? ついでにコレ、渡しといて」
お腹を掻きながら兄貴が渡してきたのは、さんが好きなバンドのCDだった。
兄貴とさんは時折こうやって俺を介して、物の貸し借りをする。
それは兄貴とさんなりの、『2人の間にはやましいことはない』という俺に対する表明なのかもしれないが、俺にとってはあまり気持ちの良いものではなかった。
けれど、そのやり取りに嫌な顔をすれば、自分が狭量な人間だと言っているような気がして、俺は黙って兄貴とさんの間に立っているのだった。