第6章 ★世界で一番好きな人/笹谷武仁
流れ落ちる汗を拭いながら、マネージャーから受け取ったスクイズボトルを握りしめ、水分を一気に体に流し込んだ。
カラカラに乾いた喉に染み渡るそれを音を立てて飲み込んだところで、体育館の二階部分であるギャラリーにぽつぽつと人がいることに気が付いた。
「何だろうな、珍しいよな観客なんて」
同じように二階を見上げていた茂庭が言って、俺は黙って頷いた。
祝日で休みの学校にいるということは、何らかの部活に属している者だろう。他人の部活を覗く暇がある部活があっただろうか、と考えていた時、鎌先が大きな声をあげた。
「びっ、美女!!」
大仰に驚いた顔をしているように見えた鎌先を、横目で嫌そうに睨み付けながら、後輩の二口が噛みついた。鎌先の大声がたまらないといった風に、耳元を抑えている。
「うわっ! 鎌先さん、急に大声出すのやめてくれませんか」
「うるせぇ二口! おい笹やん、あれ、彼女じゃね?」
「は?」
鎌先の指摘に驚いて、ギャラリーの人影に目を凝らした。
先ほど校門前で別れた後、彼女の後姿を見送ったはずだ。今ここにいるわけはないのに。
そう思ったが、愛しい彼女の姿を見間違うはずはなかった。
鎌先の言う通り、確かにギャラリーには彼女であるさんの姿があった。
「えっ、あの人笹谷さんの彼女さんなんスか?! めっちゃ美人じゃないっスか!」
「どこどこ?!」
俺と鎌先の会話を聞いていた後輩達が賑やかになりだして、それに気が付いたギャラリーのさんがこちらに向かってひらひらと手を振ると、伊達工バレー部のメンバーは、わっと歓声を上げた。
「笹谷さんも隅に置けないっすねー! 彼女の友達とか紹介してくださいよ」
「おい二口ずりぃぞ! 先輩を差しおいて」
「鎌先さんには紹介するだけムダってもんでしょ」
「あぁ?! お前、喧嘩売ってんのか?」
「もー、やめろよ二人とも!!」
いつものように小競り合いを始めた鎌先と二口をよそに、俺はぼうっとギャラリーで微笑むさんの姿を見つめていた。
頬杖をついてニッと笑うさんに、困った顔をしてみせると、さんは顔の前で手を合わせて小さく「ごめん」と口にしたようだった。
それに対して俺は、ゆっくりと首を振って答える。