第6章 ★世界で一番好きな人/笹谷武仁
俺の言葉に、『こないだ』の事を思い出したのか、少しだけさんの頬が赤く染まる。
その反応を見ただけで体中の熱が、俺の下半身に集まり始めた。それをさんに気取られないように、先ほど受け取った小さな箱をわざと大きく振って、音を立てた。
「…これ、有難く頂きます」
「うぃっす。あ、裏もちゃんと見てよね」
「裏?」
言われて箱をひっくり返すと、箱のパッケージにハート形のデザインが施された部分があり、そこには『がんばってね、武仁』とメッセージが書き込まれていた。可愛らしいハートマーク付きで。
「…あざっす」
「ふふ、元気出た? 部活、頑張ってね」
ひらひらと手を振って、さんは帰って行く。
その背中を見送って、俺は校内へようやく足を踏み入れた。
部室に向かう道すがら、俺の脳内はさんの笑顔でいっぱいだった。
手にした小さな箱―市販のチョコレートのようだ―をしげしげと眺めながら、小さく呟いた。
「……ただ顔を見ただけで元気になるんすけどね」
それは俺の本心だった。
けれど、俺はそれをさんに知られたくは無かった。
知られてしまえば、自分がどれだけさんの事を好きなのか、明らかになってしまう。
ただでさえ、女性の方が精神的に大人だというのに、さんは俺より2つ年上で、恋愛経験も俺より豊富そうだった。
少しでもカッコつけたい年頃の俺にとって、自分がさんに心底惚れこんでいる事は、あまり大っぴらにしたくなかった。
他の誰かに見られる前にと、俺はチョコレートの箱をそっと鞄にしまった。