第4章 金木犀の香りを追って(BL)
だけど。どんなにバレーに向き合ったって、あの背中は大きすぎて。俺はそのうち押しつぶされるんじゃないかって、怖いんだ。
「…どんなに手を伸ばしたって、あの背中に追い付けやしない。この気持ちは、赤葦には分かりっこない!お前は、去年だって副主将で、オレンジコートに立ってた!俺はずっとグリーンのままなんだ」
教室の床からズルズルと不気味な音をたてて、またあの太い蔓が伸びてくる。蔓はあっという間に俺の足元に絡みついて、そのまま俺を奈落の底に引きずり込もうとする。
このまま自分自身が呑み込まれてしまう気がした。
「……そう、ですね。俺は縁下じゃないから。理解することは出来ないでしょうね。……でもそれは貴方もですよ。俺の気持ちなんて理解できないでしょう」
ぷつり、と。赤葦と俺を繋ぐ糸が、切れた音がした。いまだに女々しいくらい自信を持てないでいる俺に愛想が尽きたのかもしれない。それに自分の事ばかりで、赤葦の事なんかこれっぽっちも考えてやれない俺に、愛想をつかさない方がおかしいだろう。
赤葦はそれきり、俺を見向きもせずに教室から出て行ってしまった。去り際に「もうすぐ練習始まります」とだけ言い残して。
がらんとした教室には俺一人。校庭から聞こえる幼児向けの楽曲が、今の俺の心境とはあまりにも不釣り合いで、いやに耳についた。
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午後の練習の合間、休憩に入る。
二階の窓も全部開け放しているのに、体育館には風が入ってこなくて、皆汗だくだ。
ぐったりしてきた俺達のもとに、その暑さを吹き飛ばすかのようなテンションの人物が姿を見せた。去年も暑い中、元気だったなぁこの人。
「ヘイヘイヘーイ! お前ら元気ねぇぞー?!」
両手にパンパンになったレジ袋を抱えて、体育館に勢いよく飛び込んできた梟谷の元主将の木兎さんに、皆目を丸くして驚いている。そんな後輩の様子なんかお構いなしに、木兎さんは梟谷OBを引き連れて元気に叫んでいる。
「差し入れ持ってきてやったぞー!! 喜べ!!」
いち早く木兎さん達に群がったのは、梟谷の生徒達だった。赤葦の顔を見るなり、木兎さんはニヤリと嫌な笑みを浮かべて赤葦を小突いていた。
「あかーし! 元気に主将やってるかー?!」
「はい。差し入れありがとうございます。……けど、これって全員分あるんですか?5校来てるんですよ、合宿」