第4章 金木犀の香りを追って(BL)
経験値の差、個人の力量の差、努力の差。
理由はいくつでも思いつく。いちいち比較していたら身が持たないってことはよく分かっている。
なのに、俺の目の前には、あの大きな背中がちらついて仕方ないんだ。追い付きたくても追い付けない、あの背中が。
それと同時に、同じ土俵に立っているはずなのに、ずっと先を行っている赤葦の背中も。大地さんの背中と同じように、目の前にちらついて仕方がないんだ。
「縁下、大丈夫?」
箸が止まったままの俺に声をかけたのは、赤葦だった。
先ほどのように心配そうに顔を覗き込まれて、やっぱりその視線から逃れたいと思ってしまった。
山盛りにつがれた茶碗にさっと視線を落とす。
「あ、あぁ」
「……しっかり食べておかないと、午後もたないよ」
「分かってるよ。赤葦は俺の母親かよ」
顔をあげて笑ってそう言うと、赤葦の眉がキュッと寄るのが見えた。
心配してくれているのに、素直になれない。さすがに二度目だ。赤葦も俺に愛想が尽きたかもしれない。
それ以前に、どこかよそよそしい俺の態度に、嫌気がさしているだろうけれど。
「話、聞かせてもらうから」
「…は?」
いきなり何を言い出すんだ、と思った。
けれど赤葦の目は真剣だった。思わずごくりと息を飲むほどに美しいその眼差し。じっと見ていると心の奥まで見透かされそうで、少し怖い。
「何か抱え込んでるとは思ってたけど。それじゃそのうち潰れるよ、縁下」
「何、言って」
やめてくれ。これ以上、俺の心の中をのぞいてほしくない。俺が何を考えているか。くだらないことだと赤葦に笑われたくないから、これ以上見ないで欲しい。
そんな俺の気持ちを、赤葦は軽々ととびこえてしまう。
「誤魔化せるわけないでしょう。俺がどれだけ貴方を思っているか、知らないわけじゃないでしょう?」
「……」
俺は何も言い返せないまま、また茶碗に目を落とす。赤葦は小さなため息をひとつして、静かに俺の前から立ち去って行った。
後で話を聞くから、と俺に念を押して。