第4章 金木犀の香りを追って(BL)
去年とは違うんだ。時間はあっという間に過ぎていく。
もう三年生の姿はここにはない。去年はここで共にボールを追っていたのに、なんて感傷に浸りそうになって自分の頬を思いっきり引っぱたいた。
いつまでも先輩達の影を追っていてはいけない。
「気合入ってんな、力」
「さっすが主将」
田中と西谷の声がどこか遠く聞こえた。
時間の流れには抗えなくって、嫌でも大人にならざるを得ない。
もう俺はただのバレー部員ではないのだと、改めて思う。
去年と同じようにローテーションで練習試合を組んで、手の空いた学校が審判やラインジャッジを担う。
試合に負けたペナルティも去年同様。うちは去年より少し、ペナルティをこなす回数は減っていた。
田中達は「目指せ!ノーペナルティ!」なんて意気込んでいたけれど、それはやっぱり無理というもので。
だけどそんな風に意気込む田中を見ると、やっぱり主将にはこういうやつがふさわしいんじゃないかって、どろりとした感情が頭をもたげてしまう。
俺は最初っから『全勝なんて無理だ』と諦めてしまっていた。たとえ実現できないことだとしても、主将がそれを思ってしまっては、態度に出してしまっては、いけないと分かっているのに。
大地さんだったら。俺みたいに端から諦めたりなんてしなかっただろう。
…俺はいつまでも、あの大きな背中の呪縛から逃れられないらしい。女々しい自分に、嫌気がさす。
そんな気持ちを抱えたまま、午前の練習が終わった。
昼食をとるため体育館を後にする。
目の前を行く黒髪の癖っ毛が、運動後だからか少し大人しくなっている。それでも赤葦の顔は涼し気で、それが俺の胸をざわりと搔き立てる。
試合中も冷静にコートの状況を把握し、赤葦はチームメイトに逐一指示をとばしていた。
対する俺は、熱くなってすぐ暴走を始める部員を制するのに精いっぱいだった。赤葦みたいに、部員を引っ張っていく力は自分にはない気がした。
「…比べるもんじゃねぇ、よな」
「?何を?」
つい口から出てしまった言葉に、成田が不思議そうな顔をしてこちらを見てきた。曖昧に笑って、俺は言葉を返す。
「いや、ごめん、独り言」
それ以上悟られないように、俺は踏み出す一歩を大きくして、みんなと少し距離を取る。
そう、比べたって意味がないことは分かっているんだ。