第4章 金木犀の香りを追って(BL)
赤葦の足元は輝くオレンジなのに、俺の足元はグリーンだった。
ネット越しではなく、コートの遥か後方で俺はずっと彼を追いかけていたのだ。
梟谷との対戦で、俺がオレンジコートに足を踏み入れることは一度も無かった。俺はどこか赤葦が遠い存在に思えてしまった。
赤葦は、分かっていたことだけれど唯一の二年生レギュラーで、セッターで。嫌でも彼の活躍は目に飛び込んできた。
そうでなくたって、俺の目は彼に釘付けになっていたのだけれど。
グリーンの床から太い蔓が生えて、俺の足元に絡みついてくるような気がして思わず床に目をやった俺を、木下は怪訝な顔で見ていた。
このままここから動けないままなのではないか。
俺の背中には嫌な汗が伝っていった。
そこから、俺は少し、赤葦と距離を置いてしまった。
頻繁に交わしていたメールの数も減った。たまにかかってくる電話も、気が付かなかった振りをして、何度か出なかったこともある。
それでも赤葦は何も言わなかった。責めることも、問うこともせずに、変わらず俺と付き合いを続けてくれた。
今もこうやって自然に、俺と接してくれている赤葦を見ると胸が痛い。責めてくれてもいいのに。何故もっと連絡をよこさないのかと詰め寄ってくれてもいいのに。
何故、貴方はそんなに涼しい顔で俺を見ているのですか。
「……縁下?聞いてる?」
「えっ?あ、ごめん」
「……水分、ちゃんと摂ってる?」
言いながら額にあてられた赤葦の手。触れられたいのに触れられたくなくて、思わず俺は身を引いてしまう。
「熱中症かもって?まだ着いたばかりだよ」
「暑いから、水分摂らないと。いつなってもおかしくないよ。室内にいたって発症するものだし」
「分かってるよ」
心配そうに見つめる赤葦の目から逃れたくて、視線をそらす。違うのに。こんな子供じみた拗ねたマネをするなんて馬鹿げてるって自分でも分かっているのに。
どうして素直に心配してくれてありがとう、って言えないんだろう。
謝ろうと思うのに、言葉は胸の奥に引っかかったまま出て来てくれやしなかった。
そのうちに他の学校の奴が来て、赤葦に声をかけてきたから彼はそちらの方へ足を向けてしまった。
「……何、やってんだろ俺」
遠くなった癖っ毛の黒髪を、時折目をかすめる木漏れ日に目を細めながら、俺はしばらく見つめていた。