第4章 金木犀の香りを追って(BL)
高校最後の夏がやってきた。
『夏は受験の天王山』とはよく言ったもので、周りのやつらは毎日図書館に通ったり、塾に通ったり、将来に向けて一心不乱に学業に励んでいるようだ。
俺は、というと。去年と同じように、バレー漬けの毎日を送っている。
去年と違うのは、自分の立ち位置。俺は大地さんの後を引き継いで、烏野バレー部の主将になっていた。
次の主将を決める、となった時。ありがたいことに皆が俺を主将に推薦してくれた。満場一致で決まったことだったから、嫌だとは言えなかった。
自信なんて全くなくて、むしろ本当に俺でいいのか思い悩んで、あんまりうじうじしているもんだから田中にケツを蹴り上げられた。比喩でもなんでもなく、文字通り田中は容赦なく、俺の尻を蹴り上げたんだ。
思い返すと、まだ痛みを感じるような、そんな気がする。
そんな俺が主将になろうと決心できたのは、俺の大事な人の一言が大きかった。
「…赤葦」
少し癖のある黒髪が、木漏れ日を受けてキラリと光っている。後ろ姿に名を呼べば、くるりと振り返った彼の目が俺を捉えた。
「縁下。遠いところお疲れ」
薄く微笑んで赤葦は軽く手を振る。そしてこちらへとゆっくり近づいてきた。
久しぶりに会った彼は、変わらないように見えた。少し、背が伸びた気はするけれど。
「今年も、よろしく」
「こちらこそ」
去年と同じように、俺達は梟谷学園グループの夏合宿に参加することになった。武田先生の尽力のおかげでできた東京の強豪校との関係。そのおかげで赤葦とも繋がれたのだから、先生には感謝してもしきれない。
どちらともなくお互い握手して、微笑み合う。固く握られた掌の熱が、指先から全身へ伝わっていく。甘い痺れを伴ったその熱は、俺の心臓へと一直線に向かっていった。
会えて嬉しい。それも確かに俺の本音だ。
けれどそれ以上に、俺の心の中では赤葦に対して別の感情が渦巻いている。
こうやって対面するのはいつぶりだろう。確か、最後に会ったのは、春高のオレンジコート。
年が明けてすぐに始まった春高。初めての大舞台に、体育館の外観を見ただけで足が震えたのを覚えている。
4面並んだオレンジのコート。そこで俺はずっと彼の姿を目で追っていた。もちろん応援したのは自分のチーム。
けれど、どうしても、赤葦から目が離せなかった。