第16章 愛の言葉を聞かせて/天童覚
『そうなの。実際に自分の目で見て感じないと意味がないから』
電話が出来なくなるのは、今回に始まったことじゃない。
ここ最近は、ちょくちょくそういうことがあった。
ゼミで、飲み会で、バイトで……。
理由は違えど積み重なっていく回数に、俺の心はギシギシと軋み始めていた。
「そっか……寂しいけどしょうがないね」
ちゃんには笑顔で分かったって返事しても、心の中ではイヤだって叫んでた。
でもさ、それ言葉に出しちゃったら確実にトドメになると思って。
こんな終わり方はイヤだから、絶対弱ってるとこ知られるもんかって笑顔を張り付けた。
『ごめんね』
その言葉で、通話が終わった。
信じるしか道はないのに、俺の心の中は黒い気持ちでいっぱいだった。
会えないだけでこんなに心がぐらつくなんて思ってなかった。
寂しさが極まると人を信じられなくなんのかな。
俺のちゃんへの気持ちって、こんなんで吹っ飛んじゃうような、ちっぽけなものだったのかな。
「ダメだ……やっぱ俺遠距離向いてないわ……」
気持ちはどん底まで落ち込んでるのに、やるべき事は山積みで。
重たい体を引きずって、家を出る準備を始めた。
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3日後。
その日は実習先の店が休みで、丸1日フリーの日だった。
特に予定があるわけではないけど、ひとり部屋にいると永遠に悶々としてそうだったから、上着を羽織って外へ出ることにした。
12月のパリの気温は、東京とそう大きく変わらない。
若干パリの方が寒いけど我慢できない寒さじゃない。
吐きだした息が白くたなびく。
身震いをひとつして、パリの街に足を踏み出した。
朝の9時ともなれば、街にはそこそこの人通り。
目的もなくただ人の流れに乗って、散歩する。
ちゃんが送ってくれたマフラーに顔をうずめると、微かにちゃんの匂いがする気がした。
11月に入ってから、街のあちこちはクリスマス一色になっていて、夜になればイルミネーションの灯りが宵闇を明るく照らす。
東京もきっとそうだろう。離れていても、異文化でも、クリスマスに関してはフランスも東京もさして変わらない。