第16章 愛の言葉を聞かせて/天童覚
「ごめん! 寝落ちしてた!!」
「いーよ。疲れてるんでしょ? 無理しないで早く寝て」
「ん……そうする。明日はちゃんと電話するから」
「はいはーい! 楽しみにしてるネ」
通話終了を告げる機械音が寂しく響く。
暗くなった画面に映る自分の顔は表情筋がいっさい無くなったような顔をしていた。
出かける準備をしなければならないのに、気分が重い。
気持ちが変わることはないって自信はあった。
見送ってくれた時は、ちゃんだって同じ気持ちだったはず。
今は、どうなんだろう。
電話越しに毎日想いを伝えあっているのに、どこかで不安がよぎる。
少しずつ、少しずつ。
俺とちゃんの距離が開いている気がして怖い。
あんなにあった自信はどこにいった?
彼女がよそ見する暇なんて与えてるつもりないのに。
寂しさを埋めるために、他の人のところにいくような子じゃない。
いや、そう考えるのは俺がそうあってほしいと思うからかもしんない。
積み重ねてきた4年は伊達じゃないって自分で思ってたクセに。
少し会えないだけでいとも簡単に疑心暗鬼に陥るってどーなの?
「バッキバキに心折れてんの、俺の方じゃんね」
自嘲気味に呟いて、スマホを置いた。
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「──え?」
ある日。
電話越しに告げられた言葉を、思わず聞き返してしまった。
『ゼミでフィールドワーク行くことになってね。しばらく電話出来ないと思う』
「…こないだも行ってなかったっけ? 」
疑ってるわけじゃなかった。
でもほんの1ミリくらい、不安は抱いてた。
俺の声の中に僅かに滲んだ猜疑心に、ちゃんは気付いてない。
『うん。場所は同じなんだけど、今度そこでお祭りがあって。そのお祭りを見に行くの』
よどみなく返ってきた言葉に、違和感を覚えた。
台本でも読んでるような感じがする。
さっきまで小さな点だった猜疑心が、じわりと広がっていく。
まるで墨汁を垂らした半紙みたいに、黒く広がっていく。
「ふーん。民俗学ってそんなにちょくちょく出かけなきゃいけないんダネ」
語尾に少しだけトゲがあるような言い方をした。
それでもちゃんは俺の疑心にミリも気付いてないみたい。