第16章 愛の言葉を聞かせて/天童覚
俺はフランスでショコラティエの勉強。
ちゃんは大学で民俗学の勉強。
全く違う環境の中にいても、こうやって互いの生活を話し合うのは楽しかった。
けど、自分の知らない人の名前や出来事が少しずつ彼女の会話の中に増えていくたびに、じわりと胸の奥から何かが染み出してくるような感じがした。
そうやってちょっとずつ、俺の知らないちゃんの生活が増えていくたびに、ちゃんの反応もちょっとずつ薄くなってきた気がした。
ラインも既読すらつかないことが増えたし、電話をしてもなんだか元気がない。
大学の授業のことはよく分からないけど、単位を落としたら次の学年に上がれないって話は聞いてたから、勉強が大変なんだと思った。
でも多分、理由はそれだけじゃない。
『フランスなんて、気軽に会いに行ける距離じゃないし』
ちゃんが言ってたこと、思い出す。
いくら電話で声を聞いても、互いの近況を写真で送り合っても。
触れ合えない、温もりを感じられないってのは結構堪えるものがある。
今までずっと近くにいたから、余計にそう感じるんだと自分に言い聞かせても、その効力はすぐに消えてしまう。
「──おーい、ちゃん」
呼びかけても、画面の中のちゃんからの返答はなかった。
長方形の画面の中で、ちゃんはスマホを握りしめたまま眠っている。
ちゃんの部屋の壁にかかった時計は、23時を少し過ぎたところを指していた。
最近は、ゼミに加えて試験で忙しいからとフランスが朝、東京が夜の時間帯に電話するようになっていた。
電話の時間帯を変えてほしいと言い出したのはちゃんの方だったけど、電話に出るたび疲れ切った顔をしているのが気になった。
「ちゃん、電話切っちゃっていいから。ちゃんとベッドで寝てよ」
そう声をかけても、ピクリともしない。
こんな時画面を通り抜けて向こうに行けたらいいのに。
どこでもドアがあれば、今すぐにでもベッドに運んであげられるのに。
「ちゃん、起きて!!」
思いっきり声を張り上げると、ちゃんの体がビクッと動いた。
飛び起きたちゃんの顔には服の跡がついている。