第16章 愛の言葉を聞かせて/天童覚
いつも飄々として、めったなことでは弱音なんて吐かない彼が口にした、本音。
普段笑っておどけてみせるのは、彼なりの自衛の術だって今までの付き合いから知っている。
今はそんな術すら捨ててしまうくらい、覚くんは不安に駆られているのだ。
今なら彼が笑って見送ってほしいと願った意味が分かる。
私が泣いたら、自分も寂しさを堪えきれなくなるから。
必死で閉じ込めた気持ちが溢れそうになるからだ。
「──怖い、よね。フランスなんて、気軽に会いに行ける距離じゃないし」
覚くんのうるんだ目が丸くなる。
ぱちぱちと瞬きをして私を見つめる覚くんは、首をかしげた。
「それを今、言う?」
覚くんの言葉に構わず、続ける。
「今以上にお互い違う環境に身を置くことになるし」
「…なんかめっちゃぶっ刺してくるね?」
「すれ違うことも多くなるかもしれないよね」
傷口を広げて、これでもかと塩を塗りたくる。
言葉にすると自分にも突き刺さって、痛かった。
でも、不安に立ち向かうにはこれしかないと思った。
ありきたりの優しい慰めの言葉なんて、お互いもう聞き飽きてる。
「それでも」
現実から目を背けちゃいけない。
遠距離になることも、お互いの生活環境が変わることも、全部逃れようのない事実だ。
だけど変わらないものも、ある。
「それでも、私は覚くんのこと大好きだから!」
私を見る覚くんの目が一度だけ瞬いて、瞳孔が大きくなる。
一粒だけ涙をこぼして、覚くんは笑い出した。
「あはっ、それすごい殺し文句」
道行く人達の視線などお構いなしに、私達は抱き合ったまま笑っていた。
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フランスに来てから、あっという間に時間は過ぎて行った。
勉強はしていったものの、やっぱり現地の言葉に慣れるのには時間がかかった。
始めのうちは片言でやりとりするのが精いっぱいで、苦労した。
ヒアリングも、教材と実際の現地の人の発音では聞こえ方が違うから、何度も聞き間違えた。
失敗を繰り返して覚えていくものだと、留学先の先生は励ましてくれる。
言葉で苦労してばかりでしんどいと、一緒に来ていたパティシエ志望の子は嘆いていた。
俺がその子みたいに折れずにいられたのは、何よりちゃんの存在が大きかった。